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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)7017号 判決 1997年5月20日

主文

1  被告は,原告に対し、金三三七万一一〇〇円及びこれに対する平成六年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、一〇分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

4  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、金四〇九七万四三〇〇円及びうち金三八六七万九三〇〇円に対する平成六年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が顧問税理士であった被告の指導により行った法人税の確定申告について、被告の債務不履行又は過失により、法人税施行令(以下「施行令」という。)、法人税基本通達(以下「基本通達」という。)に反する損金処理等が行われる結果となり、更生処分及び過少申告加算税の賦課処分を受け、過少申告加算税、延滞税等相当額の損害を被ったとして、被告に対し、債務不履行もしくは不法行為に基づき、損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1 原告は、商業手形割引等による貸金業を営む会社であり、被告は、税理士で、原告と税理士顧問契約を締結し、原告の法人税申告書類の作成等の税務に関する税理士業務を行ってきた。

2 原告は、平成二年事業年度(平成二年一月一日から同年一二月三一日まで)及び平成三年事業年度の法人税について、東税務署長に対し、平成二年度分については別表1の平成二年一二月期「確定申告」欄及び「修正申告」欄記載のとおり、平成三年度分については同表の平成三年一二月期「確定申告」欄記載のとおり申告を行った。しかし、原告は、東税務署長から、平成二年度分については平成三年八月三〇日に別表1の平成二年一二月期「更正等」欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定を受け、平成三年度分については平成四年七月三一日、同表の平成三年一二月期「更正等」欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定を受けた。原告は、右各更正処分等に対して、国税不服審判所に審査請求を行ったが、平成六年二月一〇日、審査請求はいずれも棄却された。

3 原告が更正処分を受けた理由は、<1>法人税基本通達(以下「基本通達」という。)により、貸金について担保物があるときはその担保物を処分した後でなければ貸倒として損金処理をすることができないと定めているのに、原告が担保物を処理することなく、貸付金回収不能として損金処理を行っていること、<2>平成二年度の保有有価証券について法人税法施行令(以下「施行令」という。)三五条二項の有価証券の評価方法の選定の届出をしていないにもかかわらず、評価額が帳簿価格を下回っていたことからその差額を評価損として損金処理をしていることについて、右処理はいずれも認められないというものであった。

三  原告の主張

1 税理士は、税務に関する専門家として、依頼者の信頼に応え租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図るために、誠実に職務を行うべき義務がある。

税理士は、税務申告に伴う書類作成の際には、依頼者の経済活動を十分把握して適切な指導・助言を行い、依頼者の財産等の利益が害されないように、その事務を遂行しなければならない。そして、税理士が税務処理に関して事情を聴取する際には、特に問題となりそうな点について言及し、事実関係の把握に努め、依頼者の説明だけで十分に事実関係を把握できない場合には、課税庁に対して当該疑問点を質し、調査を尽くさなければならない。

また、税務申告の代行を委任された税理士は、税法等に則った適切な申告をし、後に修正申告を余儀なくされたり、過少申告加算税等を賦課されないようにする善管注意義務がある。

税理士と顧客間に包括的、継続的な顧問契約が存在する場合には、個別の契約では債務の範囲に含まれない事項でも、包括的・継続的契約に由来する善管注意義務が要求され、指導・助言を欠いたことについてその義務違反が問われる。

税務申告は、毎年決まった時期に行うものであり、税務申告に伴う損金処理等の事務については当該年度内に手続を取らなければならないものも存在するから、税理士としては、顧客契約の期間中、適宜顧客の経理処理を質問するなどして税務申告について遺漏のないようにする義務がある。

被告は、毎年一二月、一月、二月は、原告から通常の月の顧問料に五万円を加算して顧問料の支払を受けているから、右の期間は、原告の事務所を訪れ、原告の業務の状況について報告を受け、有価証券の評価方法についての届出の有無、債権償却特別勘定の認定申請の必要性等について注意し、原告の税務に関し原告に損害を被らせないようにする注意義務が存する。

2 被告は、次のとおり、右善管注意義務を怠り、過失がある。

(一) 貸倒損失の処理の誤り

原告は、平成二年度において、訴外菊川幸泰(以下「菊川」という。)に対する回収不能の債権を有していたが、被告は、菊川の貸倒損失の処理について、担保物のある貸付金の場合の基本通達を無視して、菊川に対する原告の貸金について損金処理を行い、これに基づいて平成二年度の法人税の確定申告を行った。

被告は、平成二年度の確定申告について平成三年八月に東税務署長から更正処分がなされているにもかかわらず、翌平成三年度分の申告についても訴外株式会社マトラック(以下、「マトラック」という。)に対する貸付金について、担保物があるのに、前年同様基本通達を無視して損金処理を行って申告を行い、原告は更正処分及び過少申告加算税の賦課処分を受けた。

(二) 有価証券の評価の誤り

被告は、有価証券の評価損について施行令三四条、三五条に規定されている評価方法について検討することなく、評価方法の届出がないのに、低価法に基づいて申告した。

(三) 債権償却特別勘定による処理を行わなかった点について

被告は、原告の税理士として、顧問契約に基づき債権償却特別勘定の認定申請の有無を確認し、右認定申請が必要であれば、これを指導すべき義務がある。

被告は、右義務を怠り、平成二年度の法人税の確定申告に当たり、債権償却特別勘定に繰り入れ認定申請を指導しなかった。

右の点がやむを得なかったとしても、被告は、平成三年度の申告において、債権償却特別勘定の手続を取ることを検討すべきであった。したがって、平成三年度に不動産競売を申し立てた上で債権償却特別勘定に繰入れる金額について認定申請を検討すべきであった。しかるに、被告は、これを無視して、差額五六一一万〇七七四円を損失として処理した。

(四) 被告は、債権償却特別勘定の手続を取らなかったのは、債権回収ができないことを知ったのは、事業年度が終わった後であり、認定基準による承認申請はできなかったと主張する。しかし、債権償却特別勘定には、形式基準による債権償却特別勘定の設定(基本通達九--六--五)があり、被告はこの点について検討もせず、手続もとらなかった。さらに、被告は、平成二年度分の申告に対して更正処分がなされた後である平成三年度の申告についても債権償却特別勘定の手続を取らなかった。

国税通則法一〇五条は、原則として不服申立をしてもその目的となった処分の効力、処分の執行または手続の続行を妨げないと規定するのであって、右条文によって強制徴収手続が妨げられたわけではない。

3 原告は被告に対し、納税時期を遅らせることを依頼したことはないが、仮に、納税時期を遅らせて欲しいと頼んだのであれば、被告は、国税通則法四六条以下に規定する納税の猶予について検討すべきであり、それを、税務署長から更正決定を受け、不服申立を行うことを前提として税務申告をするというのは理解できない。

被告は、バブルが崩壊した異常事態だから通達を無視しても損金処理ができるものと思いこみ、被告の主張を税務当局に認めさせたいとの野心の下に原告の利益を考えることなく、処理したのである。

4 更正処分を受けた後、原告代表者が延滞金の支払いについて相談したところ、被告は審査請求は認められるから大丈夫と述べて、原告に延滞金を支払わせることなく経過させ、原告は、過大な延滞金を支払わざるを得なくされた。

5 被告の債務不履行もしくは不法行為によって、原告は、次の損害を被った。

(一) 被告が適切な処理をしていれば納付することのなかった加算税、延滞金

過少申告加算税(法人税) 四七八万六〇〇〇円

過少申告加算税(事業税) 一三七万三二〇〇円

延滞金(法人税) 一三六九万〇四〇〇円

延滞金(市民税) 五七万七三〇〇円

(二) 債権償却特別勘定の処理をしていれば納付することのなかった税金

(更正処分による税額と債権償却特別勘定の処理後の税額との差額)

(1) 平成二年度

法人税 一一六五万三三〇〇円

事業税 三〇八万五五〇〇円

府民税 六九万九二〇〇円

市民税 一七一万三〇〇〇円

合計 一七一五万一〇〇〇円

(2) 平成三年度

法人税 七九万四〇〇〇円

事業税 一七万〇一〇〇円

府民税 三万九七〇〇円

市民税 九万七六〇〇円

合計 一一〇万一四〇〇円

(三) 弁護士費用 二二九万五〇〇〇円

総合計 四〇九七万四三〇〇円

四  被告の主張

1 被告は、原告との税理士顧問契約に基づく債務の不履行はないし、被告に過失はない。税理士法一条は、「租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現」を税理士の使命としているが、税に関する基本通達は、右法令には当たらず、あくまでも、行政内部における法令の解釈、運用の指針にすぎない。

そして、通達に従った処理が法令の本来の趣旨に反している場合、社会、経済情勢の変動などの事情で妥当性を欠くに至った場合は、通達にしたがった取扱ないしは通達自体が違法となるのであって、問題を提起し、異議申立、審査請求をする等の方法で、これを正すことも税理士の使命の一つである。

2 貸倒損失の処理について

基本通達によれば、貸金について担保物がある場合には、担保物を処分した後でなければ貸倒として損金処理を行うことはできないと定めている。

平成二年は、いわゆるバブルの崩壊の年であって、不動産を取得した者あるいは不動産を担保として金員を貸し付けた者が例外なく深刻な打撃を被った年である。このことは公知の事実であり、このような異常は経済状況に鑑みれば、担保物があったとしても、債権額の相当部分が取り立て不能となり、かつ担保物の換価に日時を要するであろうことは常態としてみやすいところであった。このような異常な経済実態からすれば、条件付の基本通達によることなく、取立不能額が五〇パーセントに達しなくても、相当額に達すれば当然に損金に算入することができるとすることが、むしろ、法の趣旨に合致するものと解することに十分な合理性がある。

被告は、原告代表者廣瀬信夫(以下、「廣瀬」という。)から、菊川の債権が回収困難であり損害を被っていること、税額の軽減と納税時期の延期ができないか相談されたことから、廣瀬に対し、基本通達の文言に反して菊川の債権の一部を損金処理すること、基本通達に反する処理をする以上、更正処分、延滞税、過少申告加算税の賦課等の不利益が生ずることがあることを説明しているので、右処理を指導したことに債務不履行や過失はない。

原告が、本件に関し、取消訴訟によって司法の判断を求める途を放棄し、被告に対してあらぬ責任を追及するのは極めて不当である。

3 債権償却特別勘定の認定申請の時期、有価証券の評価法について

税理士は、顧問税理士である場合でも、依頼者である事業主の業務に直接関わることはなく、個々の債権について担保の有無や担保の価値、回収の難易等を知らされることもない。もちろん、税理士が回収の困難な債権の処理について相談を受ければ、しかるべき資料を整え、その事業年度の終了の日までに債権償却特別勘定の認定基準による承認申請を行うこともできるが、通常、右のような点について相談する事業主は少なく、税理士の側から、相談もないのに事業者の業務の状況、個々の債権の回収の難易について立ち入って問いただす義務はない。

原告と被告との顧問契約は、会計記帳、資産表の作成等の財務関係の業務は専ら原告サイドで行うものとされ、被告が受任していたのは、何か問題が生じた際にする税務相談と、申告手続及びこれに直結する決算作業に当たっての指導であった。

会計記帳や毎月の試算表等の財務関係業務に携わらない税理士は、事業や資産の内容、本件で言えば、多数の債権についてその回収が難易、担保の有無やその価値等は依頼者である原告からの相談のない限り、これを知ることができない。

本件の場合、問題となった担保付債権の債務者の場合は、一回限りの取引で、担保物が突然値下がりしたというのであり、被告がこれを知らされたのは、事業年度が終った後、決算の作業に入った段階であり、債権償却特別勘定の認定基準による承認申請はできなかったし、しても、認定を受けられる見込は薄かった。

また、債権償却特別勘定の申請をして修正申告をしなければならなかったときは修正申告書を提出すれば、法定納期限に納税する義務があり、この期限を徒過すれば強制徴収手続を受けることになる。しかし、しかるべき理由によって、不服申立をすれば、国税通則法一〇五条により、安易に強制徴収手続を進められることはない(滞納処分による換価はすることができない。)のであって、原告の納税の延期という目的を達成することができる。

原告代表者は、被告に対し、さらに、税額を下げる方法はないかといい、有価証券も値下がりしている旨説明した。

有価証券については、その評価方法について施行令の定める低価法もしくは原価法の届出がない場合には、施行令三七条一項により、総平均法によって評価される。

有価証券の評価方法について低価法の届出の有無は、原告において確認し、もしくは確認する方法を示すべきことがらである。税務当局に問い合わせをすることはできるが、届出書を紛失している場合があり、これがないことを理由に届出がないと回答されれば薮をつついて蛇を出す結果に終わってしまう。

通常、会社の設立にあたって、税務当局に諸届出をするとき、青色申告の承認申請と共に棚卸資産や有価証券の評価方法の届出も行う。原告設立の当時、有価証券の評価方法は低価法によることがすすめられており、亡失されているが、低価法による届出があるとして決算を行うことが、可能性は低いが原告の税務対策上最も有利かつ安全と解されたのである。原告が低価法による届出のないことを明らかにしておけば、被告がこれに反する決算をすることはなかった。被告は、この間の事情を原告代表者に説明し、原告代表者もこれを承諾したので、低価法により評価して評価損を損金処理して確定申告を行った。

原告は、債権償却特別勘定(通達九--六--五)について、検討もしなかったと主張するが、菊川について、右通達の規定する、会社整理の申立、特別清算の申立、破産の申立、和議開始の申立、取引の停止処分のいずれもなされておらず、右通達による債権償却特別勘定による処理の適用はないことは明かである。

五  主たる争点

1 被告が、菊川及びマトラックに対する貸金について損金処理による申告を指導したことが顧問契約に基づく税理士として債務不履行となるか否か、また、右行為が被告の過失といえるか

2 被告が有価証券の評価について低価法により評価して申告するように指導したことが顧問契約に基づく税理士として債務不履行となるか否か、また、右行為が被告の過失といえるか

3 菊川及びマトラックに対する貸金について債権償却特別勘定による処理を指導・助言しなかったことが顧問契約に基づく税理士として債務不履行となるか否か

4 原告の損害額

第三  争点に対する判断

一  原告と被告との顧問契約の内容等

被告は税理士であり、原告との間で顧問契約を締結していたことは前記のとおりであり、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1 原告は、昭和五七年一二月に被告と税理士顧問契約を締結した。原告と被告との税務顧問契約における被告の債務の内容について特段の合意はなく、原告は、被告に対し、適宜、税務に関して相談するとともに、毎年の決算書の作成、税務申告書類の作成等について相談し、被告は右税務相談に応じると共に、決算書の作成、税務申告書類の作成等についてその指導及び助言を与えていた。原告の事業年度は毎年一月一日から一二月三一日までであり、原告は、被告に対し、顧問料として月額五万円を支払い、決算月である毎年一二月とそれに続く一月、二月は五万円を加算し、一〇万円を支払ってきた。

2 被告は、随時、原告の税務相談に預かってきたが、原告の記帳事務等の委任を受けず、通常、毎年一月に原告の事務所に赴き、原告の担当者によって作成された毎月の試算表に基づいて原告の業務の状況の報告を受けて決算の方針を立て、決算の内容、法人税の申告内容及び申告書類の作成等について指導及び助言を行い、被告の指導の下に原告の決算書類及び法人税の申告書類を作成して、これに基づいて法人税等の税務申告手続を行ってきた。

被告が原告の顧問税理士となってから、平成二年度の法人税の申告に至るまで税金の申告等について問題が生じたことはなかった。

3 「税理士の業務報酬の最高限度額に関する基準」によると、税理士が報酬を得て行う業務として、顧問業務、税務代理業務、不服申立の代理業務、税務書類の作成業務、税務相談及び調査立会業務が挙げられ、顧問報酬は、委嘱にかかる税目の納税申告又は課税標準申告に関し、税務代理及び税務相談の事務を包括して受任することにより継続して受ける報酬とされ、顧問報酬を受けるときは修正申告及び更正請求に関する事務を含むものとし、これらの事務について重ねて報酬を受けることはできないと規定され、右基準による顧問業務には税務代理及び税務相談(修正申告及び更正に関する事務を含む。)ものとされている。

右事実によれば、原告と被告との顧問契約は、税務相談及び税務代理業務を含むが、記帳業務は含まず、毎月定期的に原告の業務の状況に基づいて適宜指導、助言を与えるところまでの業務は含まないと認めるのが相当である。

二  本件申告に至る経緯等について

前記争いのない事実及び《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

1 被告は、平成三年一月、原告の事務所を訪れ、例年どおり、経理事務を担当し毎月の試算表を作成している訴外養父某から右試算表の提出を受け、右試算表及び帳簿書類に基づいて原告の業務状況について説明を受けた。養父は,菊川に対する貸付金に関する説明はしなかった。被告は、右試算表等に基づいて決算案を作成し、法人税等の納税予定額を試算して原告代表者廣瀬に報告した。

ところで、原告は、証券会社に勤務する菊川に対して平成二年一二月三一日現在で三億〇三九九万〇七四四円の貸付金債権を有し、右債権の担保として別表4の「菊川担保物」記載の不動産及び株式に担保権を設定していたところ、菊川が同年一一月に勤務先を退職し、同年一二月六日からは連絡が取れなくなり、また、担保物の価格も下落しているため、債権全額の回収が困難な状況になっていた。

2 廣瀬は、被告から前記納税予定額を聞き、被告に対し、菊川に対する貸付金債権が回収できなくなっていることを告げ、税金を何とか少なくすることはできないだろうか等と述べて、税額の減額と納税時期を遅らせる方法はないか相談した。

被告は、基本通達により、貸金について担保がある場合には、その担保を処分した後でなければ貸倒損失として、損金処理ができない旨定められており、税務当局は原則として右基本通達にしたがって課税するであろうことは承知していたが、当時はいわゆるバブル経済の崩壊により不動産等の価格が下落するという異常な経済状況下にあり、担保物の換価に日時を要することは自明であって、廣瀬の説明によっても、現実に損失が生じているというので、担保物の処分前であっても貸倒として損金処理をしても、基本通達の文言にかかわらず税務当局から右処理が認められる可能性があると判断し、原告に対し、積極的に菊川に対する貸付金の一部を損金処理する方法をとることを指導した。

すなわち、被告は、廣瀬に対し、基本通達九--六--二により回収不能の貸金について担保物があるときは担保物を処分した後でなければ貸倒として損金処理できないが、バブル経済の崩壊という異常な経済状況を考慮すると、担保物の処分前でも税務当局によって貸倒損失として損金処理が認められる可能性があり、仮に、税務署で右損金処理が認められなくても国税不服審判所で審判してもらおう、そうすれば右処理を認めてもらえる可能性があり、また、税の納付を延期することができる等と説明し、菊川に対する貸付金債権三億〇三九九万〇七四四円について、担保である株式及び不動産の処分見込価格を株式について三九六三万円、不動産を二億〇八二五万円の合計二億四七八八万円と評価し、これを超える五六一一万〇七四四円を貸倒損失として計上することとするように指導した。

その際、被告は、基本通達も事情の変化に即応して解釈されるものであるから、損金処理が認められる可能性はかなりあると説明した。

4 さらに、廣瀬は、被告に対し、株価も下落しているので税金の額について何とかならないかと相談した。被告は、有価証券の評価方法については、施行令三五条に基づいて選定の届出をしていない場合、施行令三七条一項により総平均法による原価法(以下、「法定評価方法」という。)によって行われるべきであることは承知していたところ、原告が税務署長に対し有価証券の評価方法について低価法による届出をしていたか否かは不明であり、これを廣瀬等に問い合わせることもないまま、低価法によって評価を行うこととし、別表2記載のとおり、原告の所有するソニー株式会社の転換社債及び田崎真珠株式会社等の株式について帳簿価格(合計一億〇一一五万八一四七円)から低価法による評価換え(合計八一七一万九一二五円)の処理を行って、その差額一九四三万九〇二二円の評価損が発生したとして損金に計上し、また、有価証券譲渡収入についても同様の評価方法による処理を行い、別表3の「請求人主張額」欄記載のとおり譲渡益を計上した。

5 原告は、被告の指導に基づいて、平成二年一二月期の決算を行うと共に、平成三年二月二〇日、平成二年度の法人税の確定申告を行ったが、右確定申告において、菊川に対する貸付金債権として、株券担保の貸付金を三九六三万円、不動産担保の貸付金を二億〇八二五万円、前記五六一一万〇七四四円を菊川に対する貸倒損失として損金に計上し、別表2記載のとおり、原告保有する有価証券について合計一九四三万九〇二二円の評価損が生じているとして、右金額を損金として処理するとともに、別表3記載のとおり、有価証券の譲渡益を四三二万九二八五円と算定し、原告の総所得を二六三〇万六八九〇円、納付すべき法人税額を七三六万九九〇〇円として法人税の確定申告を行った。

右確定申告について、東税務署長から調査が行われ、東税務署長は、菊川の貸付金の一部の貸倒損金処理、有価証券の評価方法は認められないとし、修正申告を行うように求めた。原告は、被告の指導にしたがい、控除所得税額を修正し、前記法人税額の他一五三万二四〇〇円を納付すべき法人税額とする修正申告を行ったが、その他の点については修正申告に応じなかった。

6 東税務署長は、平成三年八月三〇日、原告の平成二年度分の法人税の申告について、菊川に対する五六一一万〇七四四円の貸倒損失及び有価証券の評価損一九四三万九〇二二円を損金処理することを認めず、また、有価証券の譲渡益について四三二万九二八五円の計上漏れがあるとして、一方、平成元年度分の事業税の増加分五九万九〇〇〇円を損金算入し、原告の法人所得を一億〇五五八万六九四一円、既に納付の確定した法人税額の他に納付すべき法人税額を三二八八万七四〇〇円として更正し、過少申告加算税として四六九万二五〇〇円を賦課する旨決定した。

右更正処分等に対し、原告は、同年九年二四月、被告の指導に基づいて審査請求を申し立てた。

7 原告は、被告の指導の下に、平成三年一二月期の決算を行った。右決算において、菊川に対する貸付金については同期中に行った担保株式の一部売却により回収した金額等を控除して菊川に対する貸付金は、同年一二月三一日現在で一億三八〇七万一三一五円となっていたところ、原告は、菊川の担保不動産の処分見込価額(競売における原告の入札予定金額一億五〇〇〇万円から一番抵当権者への支払い予定金額六六〇〇万円を控除した八四〇〇万円)を超える五四〇七万一三一五円を貸倒損失として計上し、損金に算入した。

原告は、マトラックに対し、その所有の不動産を担保として営業資金を貸し付け、平成三年一二月三一日現在の原告のマトラックに対する貸付金債権は五一五七万九九六四円であったところ、同社は倒産し、マトラックの担保不動産から右債権を回収する見込はなかった。そこで、原告は、右決算において、右債権額全額を貸倒損失として損金に算入した。

8 原告は、被告の指導のもとに、平成四年二月二六日、東税務署長に対し、平成三年度の法人税について別表1の「平成三年一二月期、確定申告」欄記載のとおりの確定申告を行い、また、同日、法人税法八一条の規定に基づき、平成三年一二月期の欠損金額八七三四万二六三六円を平成二年一二月期に繰り戻し、法人税額三四九六万三三九一円の還付を求める、欠損金の繰り戻しによる還付請求を行った。しかし、東税務署長は、平成四年七月三一日、原告に対し、右損金処理を認めず、また、平成元年度分の事業税の増加額五九万九〇〇〇円は前年度に損金処理されているとして、これらを加算し、一方、平成三年度に行われた有価証券の譲渡による譲渡益について一六〇七万一四二四円の過大申告があるとしてこれを減算して、原告に対し、原告の平成三年分の所得を二八三万六二一九円、納付すべき法人税額を七九万四〇〇〇円と更正し、過少申告加算税九万三五〇〇円を賦課する旨決定するとともに、還付請求に理由がない旨通知した。

9 原告は、被告の指導に基づき、同年九月二日に更正処分等に対して審査請求を行い、同月一〇日還付請求に理由がない旨の通知に対して異議を申し立てた。右異議申立は審査請求として取り扱われることになり、平成二年度法人税に関する更正処分等に対する審査請求と併合審理された。被告は、審査請求中、原告のために東税務署、国税不服審判官、大阪国税局等と貸倒損金処理を認めるように折衝し、右折衝の過程で和解的な解決の方向が示唆されたこともあったが、結局、税務当局との話し合いはつかず、平成六年一月二八日付け裁決により原告の審査請求はいずれも棄却された。被告は、貸金の損金処理については、裁判所の判断を受ければ原告の主張が認められる可能性があるとして、原告に対し、更正処分等の取消訴訟を勧めたが、原告はこれに応じなかった。

廣瀬は、被告に対し、法人税の納税時期を遅らせることを依頼したことはない、あるいは、原告は平成二年度の法人税を納付できる状態であったと供述するが、後記認定のとおり、被告が原告のために国税当局と折衝した事項の一は分割納税であり、原告は平成二年度分の法人税を平成四年五月から分割納税し始めているが、当初の二年間は月額四〇万円以下の支払いであること及び被告の供述に照らし、廣瀬の右供述は採用することができない。

その他《証拠略》中、右認定に反する部分は採用しない。

三  滞納税額の支払いについて

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

1 被告は、原告の依頼を受けて、国税当局と前記二の9のとおり折衝する傍ら、原告の法人税、事業税、府民税、市民税の納付について、東税務署、大阪府東府税事務所、大阪市と交渉した。

2 原告は、平成二年度分及び三年度分の法人税の本税を、平成四年五月から平成五年二月までは毎月三九万四〇〇〇円、同年三月から同年七月までは毎月三〇万円、平成六年五月と六月に各二五〇万円を支払い(このほかに還付金の充当が合計一七八万一二二〇円)、平成六年六月二九日、右残額二一二八万八二八〇円及び平成二年度分の過少申告加算税四六九万二五〇〇円、同延滞税一二四六万二七〇〇円、平成三年度分の法人税の延滞税一八万三六〇〇円を支払った。

3 原告は、平成二年度分の法人事業税、同過少申告加算税及び法人府民税として合計一三五五万四五〇〇円を平成四年三月から平成五年三月まで一二回に分割して支払い、右の延滞税は平成七年四月から同年一二月まで九回に分割して支払い、同年一二月平成三年分の法人事業税及び法人府民税の延滞金を支払った。

また、原告は、平成二年度の法人市民税を平成四年四月から平成五年三月まで一二回に分割して支払い、平成三年度の法人市民税を平成五年三月に支払った。

四  被告の債務不履行の有無

被告は、廣瀬からの相談に基づいて、原告の菊川に対する債権の一部について貸倒として損金処理を行い、確定申告させたことは前記のとおりである。

税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼に応え、租税に関する法令に規定された納税義務者の適正な実現を図ることを使命とするものである(税理士法一条)。

税理士は、税務の専門家であるから、依頼者から税務に関する相談を受けたときは、税務に関する法令、実務に関する専門的知識に基づいて、依頼者の依頼の趣旨に則り、適切な助言や指導を行う義務がある。

被告は、原告との間で顧問契約を締結し、決算の方針の決定、決算書類及び確定申告書類の作成に関して助言と指導を行ってき者であるから、原告の行う確定申告について、税務に関する法令、実務に関する専門的知識、特に、基本通達は、税務に関する法令の解釈や運用に関する指針として重要なものであり、これらを十分に調査・検討の上、違法・不当な申告を行うことにより原告が修正申告を余儀なくされたり、更正処分や過少申告加算税の賦課処分をうける等により損害を被ることのないように指導及び助言をする義務がある。

1 損金処理について

法人税法二二条三項は、内国法人の「各事業年度の所得の計算上当該事業年度の損金の額に参入すべき金額」のひとつとして、「当該事業年度の損失の額で資本取引以外のもの」をあげ、同条三項は、右金額について「一般に公正と認められる会計処理基準にしたがって計算されるものとする。」と定めている。一方、同法三三条一項は、内国法人が「評価替えをしてその帳簿価格を減額した場合には、その減額した部分の金額は、その内国法人の各事業年度の所得の計算上、損金の額に算入しない。」と定め、同条二項で災害等の場合に一部損金算入が認められる他試算の評価損を損金算入を認めていない。貸金について担保物がある場合に、担保物を処分することなく貸金等の金額から処分見込価額を控除した金額を貸倒することは、結果的に当該貸金を評価して評価損を損金算入したことになるから、基本通達九--六--二では、法人の有する貸金等について、債務者の資産状況、支払い能力等からみてその全額が回収することが明らかになったときは、貸倒として損金処理することを認めているが、担保物があるときは、これを処分した後でなければ、貸倒として損金処理をすることができないと定めている。

菊川に対する原告の貸金については不動産及び株式が、マトラックに対する貸金については不動産がその担保物として存在するから、被告の指導・助言した菊川の貸金の一部、マトラックの貸金の全部を損金処理することは右基本通達に反する処理であることは明らかである。もとより、基本通達は、税理士法にいう税務に関する法令には該当せず、税務当局における税務に関する法令の解釈、運用指針というべきものであるが、基本通達は税務に関する取り扱いが公平、迅速に行われることを目的に作成されているものであって、一般的に合理性を有するものである。基本通達は、一方で、右取扱は経済実態にそぐわない面があるとして、債権償却特別勘定に関する取扱を定めてその調整を図っている。債権償却特別勘定の認定を行い、その回収ができないことが明らかになったと認められれば、右償却特別勘定において償却が認められる。基本通達九--六--四は、「当該貸金の相当部分(おおむね五〇パーセント以上)の金額につき回収の見込がないと認められるに至った場合は、その回収の見込がないと認められる部分の金額、」、「担保物の処分によって得られると見込まれる金額以外の金額につき、回収できないことが明らかになった場合において、その担保物の処分に日時を要すると認められるとき」には、「その回収できないことが明らかになった金額は」担保物の処分が未だなされていなくても債権償却特別勘定に繰入れることができるのである。したがって、基本通達は全体として合理的なものとなっていることは明らかである。

そして、税務当局が基本通達に依拠して税に関する事項を取り扱っている以上、これに反する処理をしても、右処理が税務当局に受け入れられる可能性は少なく、基本通達に反する損金処理を行って納付すべき法人税額を少なく申告しても、税務当局によって更正処分がなされ、納税者は過少申告加算税を賦課される等の不利益を被る可能性が高い。

したがって、税理士としては、依頼者から回収の困難な債権があるとして、税の軽減方法について相談を受けたとしても、安易な見通しや自己の意見に基づいて、基本通達に反するような処理を行うことを指導・助言すべきではない。仮に、基本通達に反する処理を指導する場合には、基本通達の趣旨、これに反する処理をした場合のリスク(税務調査、更正処分、過少申告加算税の賦課等)を十分に、具体的に説明した上で依頼者の承諾を得、かつ、基本通達に反する処理を行うことに相当な理由があり、その必要性が肯定される場合でなければ、そのような処理を行うことを指導・助言すべきではない。

そして、事前に税務当局の意向を打診するなどして依頼者に対して指導する処理方法が受け入れられる可能性について客観的に検討する必要もある。

被告は、バブル経済の崩壊により不動産・株式の暴落という異常な経済状況のもとでは、右基本通達の文言に反して担保物の処分前でも貸倒として損金処理することは合理的であると考えたのであり、被告の考えにも一理あるものと言わなければならないが、一方で、債権償却特別勘定に繰入れて損金処理する方法があり、これを弾力的に運用することで相当程度貸倒の処理を実情に即して行うことができるから、被告の指導した処理方法が税務当局によって認められる可能性は高くなく、かつ、必ずしもその必要性は高くないといわざるを得ない。

被告は、廣瀬に対して基本通達に反する処理を行うことにより、税務当局によって認められない可能性について一応説明したが、事前に税務当局に打診した形跡はなく、また、右のような処理をすることにより更正処分を受けることになること、過少申告加算税が賦課されること等の不利益を受ける可能性が高いことを十分説明したとは認められず、全体としては、原告に対し、菊川に対する債権について損金処理が認められる印象を与える説明となっていたといわざるを得ない。

被告が原告に対して基本通達に反して菊川に対する債権の一部を損金に算入する処理を行って、法人税の額を少なく申告しても、これが認められる可能性は低く、更正処分が行われ、基本通達にもとづいた処理の場合と同額まで税額が増やされ、その他に過少申告加算税の賦課処分も受ける可能性が高いことを説明し、指導していれば、原告は、基本通達に反する処理に基づく確定申告を行うことはなかったと認められる。したがって、被告が前記のような説明で、原告に対し右の損金処理を指導したことは顧問税理士として税務相談もしくは確定申告に関する書類作成に対する指導・助言義務に反し、税務相談における債務不履行といわざるを得ない。

2 有価証券の評価方法について

被告は、平成二年度の法人税の申告について、原告の有する有価証券について、従前の評価方法を変更して低価法によって評価し、評価損を損金として処理し、有価証券の譲渡益についてもこれに基づいて算定した。

有価証券については、その評価方法について施行令三五条の定める低価法もしくは原価法の届出がない場合には、施行令三七条一項により、法定評価法によって評価されると定められている。原告の場合は右の届出がなく、被告は、右の届出の有無については知らなかったが、これを原告に確認することもなく、また、税務署に問い合わせることもしないまま、漫然と低価法によって評価によることを指導・助言したものである。

右の届出がない以上、有価証券は法定評価法によって評価されるのであるから、これと異なる評価法に基づいて有価証券を評価し、損金処理し、譲渡益を算定しても、税務当局がこれを認めないことは明らかであり、その結果、更正処分、過少申告加算税の賦課を受ける可能性が高いことはいうまでもない。被告が税理士として低価法に評価によることを指導・助言するのであれば、有価証券の評価方法の届出の有無を原告もしくは税務署に確認してから行うべき義務があることは明らかである。被告は、右届出の有無は原告において確認すべきであると主張するが、被告が低価法による評価の指導・助言を行う以上、被告においてもその確認を行うべきことは当然である。

したがって、被告は、右確認をしないまま低価法によって有価証券を評価し、これに基づいて評価損を損金処理をし、また、譲渡益の算定を指導・助言したことは顧問契約上の債務不履行に当たる。

3 債権償却特別勘定について

基本通達は、貸倒損失の処理について債権償却特別勘定の制度を設け、

「債務者について債務超過の状態が相当期間継続し、事業好転の見通しがないこと等の事由が生じたため、当該貸金の相当部分(おおむね五〇パーセント以上)の回収の見込みがないと認められるに至った場合、その回収の見込みがないと認められる部分の金額」、「貸金等の額のうち担保物の処分によって得られると見込まれる金額以外の金額につき回収できないことが明らかになった場合において、その担保物の処分に日時を要すると認められるとき、その回収できないことが明らかになった金額」について、当該事業年度において損金処理により債権償却特別勘定に繰り入れることができるとしている。この場合、当該事業年度の終了の日までに所轄の税務署長に対して債権償却特別勘定に繰り入れる金額について認定申請を行い、確定申告書の提出後に所轄税務署長が認定申請と異なる金額を認定したときは、速やかにその認定にかかる金額について修正申告書を提出することを条件としている。

ところで、原告と被告との顧問契約において、特に、その内容を限定してはいないが、毎月の試算表、会計記帳の作成も原告において行い、被告は、毎年決算の時期に決算書類の作成、法人税の申告書類の作成に対する指導・助言を行っていたにすぎないから、原告の業務に直接関与することはなく、個々の債権について担保の有無や担保の価値、回収の難易等を知らされることもなかった。菊川に対する債権が回収に不安が生じたのは平成二年一一月以降のことであり、同人と連絡が途絶えたのは同年一二月六日のことである。被告としては右のような状況について知らされていなかった。したがって、被告において、債権償却特別勘定への繰入金額について東税務署長への認定申請を指導・助言することは困難であった。

平成二年分については、右事業年度の終了の日までに債権償却特別勘定の認定申請が行われていないから、被告が菊川に対する債権処理の相談を受けた時点で債権償却特別勘定によってこれを処理することは不可能であった。

したがって、平成二年度について、右の処理を指導・助言しなかったことについて被告には債務不履行はないし、過失もない。原告は、被告が一二月の決算以前の時点で原告の事務所を尋ね、その経理状況を聞くべき義務があると主張するが、原告と被告との顧問契約においてそこまでする義務があるとは認めることはできない。

平成三年度については、被告は、原告に対し、債権償却特別勘定に基づく処理を指導・助言する事は可能であったが、原告からの債権の状況について資料の提出はなく、被告もこれについて全く触れることはなかった。

被告としては、原告が回収の困難な債権を有していることは平成二年度の決算、確定申告書の作成の際に知ったのであるから、債権償却特別勘定の制度の存在や認定申請について教示すべき義務があったと言わなければならないが、平成三年度において、マトラックに対する債権について原告において債権償却特別勘定への繰り入れの認定申請を行ったとして、認定を受けられたか否か、また、その金額についてはこれを認めるに足りる証拠がない。

なお、原告は、形式基準による債権償却特別勘定(基本通達九--六--五)について、検討もしなかったと主張するが、菊川について、右通達の規定する、会社整理の申立、特別清算の申立、破産の申立、和議開始の申立、取引の停止処分のいずれもなされておらず、右通達による債権償却特別勘定による処理の適用はないことは明かである。

以上のとおりであるから、被告は、菊川及びマトラックに対する貸金について損金処理を指導したこと、有価証券の評価方法について低価法によることを指導したことは債務不履行を構成するから、原告がこれによって被った損害を賠償する義務がある。

五  損害について

1 過少申告加算税 六一四万二二〇〇円

原告は、平成二年度及び三年度の法人税の過少申告加算税合計四七八万六〇〇〇円、法人事業税の過少申告加算税合計一三五万六二〇〇円を賦課され、これを支払ったことは前記のとおりである。右金員は、被告の債務不履行がなければ原告は支払う必要がなかったと認められるから、これは被告の債務不履行に基づいて生じた損害と認められる。

2 延滞税・延滞金

原告が法人税の延滞金一三六九万〇四〇〇円、法人事業税の延滞金九四万七五二六一円を支払ったことは前記のとおりである。

ところで、廣瀬は、被告に対し、税額の軽減と納税時期の延期方法を相談し、本件のような申告に至ったものである。廣瀬は、当時、被告に対し法人税を支払うのは苦しいと述べており、前記のように、本件の法人税を長期分割して支払っており、延滞税及び地方税の延滞金はそのために生じたものである。したがって、右延滞税・延滞金の発生と被告の債務不履行との間に相当因果関係は認められない。

原告は、更正処分を受けた後、原告代表者が延滞金の支払いについて相談したところ、被告は審査請求は認められるから大丈夫と述べたというが、乙二の1ないし40で明らかなように、被告は原告の税金の延納及び分割納付についても交渉しているのであり、右のような発言をしたと認めるに足りる的確な証拠はない。

3 過失相殺

被告の損金処理について基本通達に反する処理を行うことは廣瀬も承知しており、原告の税額の軽減と納税時期の延期のために、前記のような処理が行われたこと等の本件に現われた一切の事情を考慮すると、原告にもその責任の一端があると言わざるを得ず、損害賠償の分担について公平を図る見地から、本件については過失相殺を行うのが相当であり、原告の損害について五割を減じるのが相当である。

したがって、原告が被告に対し請求しうる損害金は前記過少申告加算税の五割である三〇七万一一〇〇円となる。

4 弁護士費用

本件に現れた一切の事情を勘案して、被告に負担させるべき損害賠償としての弁護士費用は三〇万円をもって相当とする。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告の請求は、被告に対し、金三三七万一一〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成六年七月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、主文のとおり、判決する。

(裁判官 林 醇)

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